コスラエトピック


9月8日
解放記念日

この日は コスラエが日本軍から開放され
それぞれの村へ帰ることが出来た日。
日本の終戦記念日とは ずれていますが
日本軍の完全撤退が この辺りなのでしょう。

村へ帰っても 焼き尽くされ 破壊された畑や家しか
残っていなかったはずですが 島民は 殆どが
日本軍に対して 悪いことを言いません。
胸の奥深く、秘めた思いはあるはずなのですが
一様に 彼等は 日本軍は 畑を作ってくれた、
何々を教えてくれた・・・など 戦火とは関係のないことを
話してくれます。

毎年この日に実施される大運動会も 日本軍が残した
戦争とは無関係の物です。
日本軍からの開放であったにもかかわらず
その日本軍の置きみやげ的な運動会を その日に
実施する・・・島民の大らかさに 日本人として
思わず苦笑してしまいます。

さて、その大運動会。
各村毎、村の各地域毎に 何チームかに分かれます。
ここでまず、日本軍の置きみやげ 其の1。
チームは 何組・・・例えば 私は 4組。
呼び方は yon-kumi・・・日本語そのまま。

次に チーム色を決めます。我が家族は 赤。
私やホスト・ママは 赤いTシャツに赤いスカート。

・・・ここで ひとつ・・・。
この運動会。主役は 子供達と女性陣。
男性は 裏方。
勿論、男性の競技も ありますが メインは女性。
娯楽の少ない島ですから 女性にとっては
楽しい1日になります。

運動会は 島で一番の規模の小学校グランドで
行われます。
ここで また 日本軍の置きみやげ、其の2。
何と 朝から そのグランドに 軍歌が鳴り響く・・・。

初めは 各組の行進でスタート。
クリスマス同様、各組、それぞれの歌をアカペラで
歌いながらの行進。

それが終わると 競技の開始。
前半は 徒競走。
私も 勿論、赤の上下、裸足で スカートを持ち上げ
走りました。
この徒競走は 勝ち負け関係なく 参加者全員に
参加賞が配られます。私は 三回、走って 洗剤を
3袋ゲット。ホスト・ファミリーへプレゼント。

ここで またしても 置きみやげ 其の3。
一等、二等・・・・呼び方は i-tou、 ni-tou・・・日本語そのまま。

周りの声援も kanpare・・・かんぱれ・・・・頑張れの変形。
置きみやげ 其の4、ですね。

競技は なかなか 種類も多く カップルで卵投げ、
ムカデ競争、バトンリレーなど。
それと同時に この日に向けて 各組で トーナメント方式で
バレーボール大会が行われていました。
運動会当日は 決勝戦。
ころころとした南の島の女性陣ですが これが なかなか・・・。
ばしっと 決めます。

陸の競技とは別に 空港の側の港では
カヌー大会。

ローカル手作り マングローブ製のカヌーで競争。
勿論、漕ぎ手は女性陣。
写真は このカヌー競技の一こま。
・・・・でも・・・よーく見ると 皆さんもお解り頂けると思いますが
カヌー・・・沈んでいきます・・・。
だから 進まない・・・しかも 進入する水を 漕ぎ手が
掻き出し始めるから 余計 進まない・・・。
後ろと 横に レンジャー船がいる意味が判明。
でも、漕いでる人も 見ている人も 皆、にこにこ。
ハラハラドキドキでしたが 面白かったです。


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